母永眠 77歳でした。

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2017年 10月22日

母が亡くなりました。

 

 

 

2011年の5月のGW

震災のあった東北へ

ボランティアに行った帰り道

 

 

東北道の福島あたりで

母から体調が悪いと電話があり

 

弟に電話して病院に連れて行ってもらったら

『脳梗塞』だとわかりそのまま入院。

 

 

東京に着いて急いで病院に駆け付けたときは

意識もあり元気そうに見えたけれど

 

 

母の脳梗塞は何度も繰り返していたために

意識はあるけれど右半身が動かなく

そのまま右半身不随になってしまいました。

 

 

それから車椅子生活になった母の介護が始まりました。

 

 

2年前、自宅での介護も大変になり

施設に入所するという選択をして

施設での生活が始まったけれど

 

 

寂しくって、慣れない施設の生活で

母はいつも泣いていたようです。

 

 

施設の方に母の様子を聞くたび

泣いている母を思うと切なくなりました。

 

 

少しづつ笑顔もなくなって

元気もなくなって

食欲もなくなって

衰弱してしまい

 

見ているのもつらくなりました。

 

 

母が亡くなる前の晩

子供達である私達きょうだい

孫たち、ひ孫、全員に会うことができまして

 

次の朝、母は旅立っていきました。

 

 

妹は母を介護していたときのことを

とっても悔やんで泣いていました。

 

あんな言い方をしなければよかった・・。

あんな風に怒らなければよかった・・と。

 

 

私は私で

 

どこかで母の全てを

受け入れられずにいたことの罪悪感のような

そんな気持ちでいっぱいになりました。

 

どんなに一生懸命にお世話をしても

どれだけ関わっても

 

みんなどこかで『ああすればよかった・・』

『こうしてあげればよかった・・』

『もっとやれたのではないか・・』

 

何かしらの後悔をしているはず。

 

その時には精一杯やっているはずなのに

疲れていて冷たい言い方になってしまったり

 

介護の疲れで

やれなかったこと

出来なかったことも多々あったり。

 

 

きょうだいそれぞれが

いろんな思いのなかで

亡くなった母とのお別れをした思います。

 

 

この世で親子という縁を頂いたことには

とっても沢山の意味があったと思うし

 

もしも

 

私達きょうだいが親を選んで

この世に生まれてきているとしたら

 

母は私達に何を学ばせたかったんだろう・・・。

 

私達は母から何を学びたかったんだろう・・。

 

今、そんな事を考えています。

 

 

11月25日で78歳になろうとしていた母

 

お誕生日を待てずに旅立ってしまいましたが

父と会えたかな・・。

 

 

『泣いていても笑っていても人生は1度

だったら笑っていないと損、損!』

 

母がよく言っていました。

 

母の言う通り

 

たった1度の人生なら

笑って過ごさなくっちゃ・・・。

 

いつでも笑顔だった母の姿が思い出されます。

 

 

 

 

 

 

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