共依存!?相手を支えていると勘違いしていただけの私?

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4人きょうだいの長女である私

 

 

私の1つ年下の弟が25歳の時に

父が亡くなり若くして

弟が二代目の社長となりました。

 

 

 

その時から

 

きょうだい4人で父の残した会社を

守っていく事になったのですが

 

 

今から12年くらい前に

弟は大病をしまして

 

その後遺症で記憶障害になりました。

 

 

そんな事もあり

 

もともと仲が良かった姉、弟だったのですが

 

 

大病をして後遺症が

残ってしまった弟がとても不憫で

社会復帰してからは

 

今まで以上に弟を

しっかりサポートしていかないといけないと

 

そう思ったのです。

 

 

「仲の良い姉弟」

 

夫に言わせると

 

「俺もそうだけど

弟というのは姉ちゃんのことは嫌なんだよ

 

小さい時から姉ちゃんというのは

弟を都合よくつかったり、いじめたり

 

姉ちゃんはそんなことしていないとか

 

そんな記憶はないと忘れていて

弟が可愛いなんて言っているけど

 

弟からしたらいじめられた記憶が残っていて

姉ちゃんにいい思いなんてないんだよ」

 

 

弟大好きな私によくぞ言えたものだ・・と

そう思えるような事を言うのですが

 

どっちにしても

姉は弟が可愛いし大事だってことだけは事実なので

 

弟がどう思っていようと今更どうでもいいのですが

 

私はただ弟の為に出来る事は

とにかくやってあげようと思い

 

仕事で契約に行くとか

銀行に交渉に行くとか

 

そんな時はすぐに忘れてしまう弟に必ず

ついて行っていました。

 

 

電話をしている最中は話している事を忘れないように

 

横でメモをとって控えておいたり

 

 

社長がやるべきことでも

私が出来る事であれば

 

お金の工面から

給料の支払い

仕事の支払い

銀行との交渉や税務署の交渉などなど

 

私が率先して動いていました。

 

 

弟に負担がかからないように

弟の為にと一生懸命動いていました。

 

 

 

 

心理学を学ぶようになって私は

「共依存」という言葉を初めて知りました。

 

 

 

相手から依存されることに無意識のうちに

自己の存在価値を見出し

そして相手をコントロールし

自分の望む行動を取らせることで

自身の心の平安を保とうとする。

 

人の世話をすることの依存

愛情という名の支配

 

 

 

きょうだいだから助けるのは当たり前で

「共依存」ではない!

 

私はそう思っていました。

 

でも

 

私は弟を助ける事に依存し

 

その事で自分の存在価値を見出し

 

愛情という名の支配をしていたのかもしれない。

 

 

そんなことを考えるようになってから

 

 

弟には弟の人生があって

そこは姉でも立ち入ってはいけない。

 

 

見守る中で助けてほしいと言われたときに

自分のできる範囲で力をかせばいいだけ。

 

 

弟がもっている力を信じ

 

私は私の人生を楽しんで生きていけばいい。

 

弟の問題は弟の問題であって

私が解決していくことではなく

 

弟が自分で解決していかなければいけないこと。

 

 

 

私は助ける事で自分の存在価値を見出さなくても

ちゃんと存在価値はあるんだと

自分と向き合うことが出来るようになり

 

 

私自身が「共依存」だったか

どうかはわかりませんが

 

 

人をコントロールする必要もないし

人を支配する必要もないわけで

 

どんな時だって弟なら大丈夫と

信じることが出来るようになったら

 

自分自身のやりたかった事が見えてきたり

自分の時間をつかうことに罪悪感を感じなくなり

 

 

私がそう思えるようになったということは

弟も少なからず今までよりも前進した何かを

感じている事だと思います。

 

 

時々、きょうだいって何なんだろう?と考えますが

 

 

とっても縁があってこの世で

きょうだいとして生まれたわけで

 

そして

 

一生、家族として生きていく関係なのだから

 

これから先も思う気持ちは変わらないけれど

どんな事があっても弟には弟の人生があり

 

私には私の人生があるということを

忘れてはいけない。

 

 

私は自分の人生を楽しく生きるために

この世に生まれてきたのだから

 

自分の人生をより豊かに幸せに生きていくために

これからも充実した毎日を過ごしていきたいと

そう思っています。

 

今まで大病をした弟を不憫だとか

後遺症が残り可哀想だとか

 

そんな風に弟を見ていた私自身に問題があり

 

弟は不憫でも可哀想でもなく

ただ無理をし過ぎて病気をしてしまっただけ。

 

その後遺症が残ってしまっただけ。

 

 

あんな大病をしたのに

社会復帰できた弟は

 

 

すぐ忘れちゃったって凄いってこと

 

ちゃんと会社の社長として

今もこうして私達を守ってくれている弟は

 

やっぱりスゴイ。

 

 

結局、どこをみているのか?

 

可哀想ではなく社会復帰できただけでも

凄い事だし、今こうして

会社を引っ張ってくれていることだって立派だし

 

そこをみるべきだったんですよね。

 

これからも私は弟を応援しているし

弟は姉ちゃんなんか好きじゃないんだよっと言われても

へっちゃらで

 

力を信じ、応援していこうと思っています^^!

 

 

 

 

 

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